2013年6月24日月曜日

やりたいこと

こちらのイラストは2011年にお祭りのポスター用に描いたものです。キャラクターを描き始めた頃からやりたいことや表現したいことはあんまり変わっていないです。パソコンで細かいところまで描けるようになったことで、よりごちゃごちゃ感が出せるようになって、表面的な雰囲気は変わりましたが、キャラクターをいっぱい描きたい性質みたいなものは全く変わっていないです。お祭りのポスターは手品のイラストとは違っていくらキャラクターを出しても不自然じゃなかったことが僕にとっては好都合でした。

2013年6月23日日曜日

キャラクター

昔の作品を見返してみたところ、やってることは今も昔もあんまり変わりませんでした。下の記事はイラストの仕事を始めた2000年頃のものです。手品のコーナーが始まるにあたってイラストを任されることになり、編集長から言われたことは、手品をするマジシャンとなにかキャラクターいた方がいい。ウサギのキャラクターはどうか?と聞かれ、それまではキャラクターなんて意識して描くことはありませんでしたから、なにかしら考えてみますと言ったのが、キャラクターを描くことになったきっかけでした。後日、ウサギはできませんでしたが、ヘンなキャラクターがいっぱいできましたと、編集長に見せたところ、思いのほか面白がってもらえて、いっぱい作ったものだから毎回いろんなキャラクターに登場させるスタイルでいくことに決まりました。新聞のイラストの仕事は3年ほどで辞めてしまいましたが、いまだにキャラクターは描き続けています。


モンジ作品について

 モンジ作品についてコメントをいただきました。

なんかひっかかるモンジの絵、その理由を私なりに考えてみました
人間は、パーツの位置や骨格でそれぞれ微妙な違いがありますが、大きく人という種としてはたいした違いはありません。でも、心(魂?)が形になったらどんなの?と想像した先にモンジのキャラクターは存在すると私は考えます。
人類が誕生してから、道具が生まれ、文字が発明され、科学や学問は猛スピードで進化し続けていますが、人の心は原始のまま、変わらないのだそうです。だから、大昔の人が書いた書物をまるで隣人が書いたものの様に読めるのかもしれません。科学や学問は次世代にバトンを渡して進化させる事ができるのに対し、心は個人のものにしかなり得ず、生物には寿命があるので進化に限度がある。 モンジは1つのキャラクターの完成度を高めようという努力をしません。地球のどこかで毎日生み出される生命のように発生する新しいキャラクターは1つとして同じものがなく、あえて完成度も高くしたがらない。それは寿命という期限の中で、心の完成度って必要か?と言われているようにも感じます。
そして1つ1つのキャラクターの愛らしい事!もしも魂や人生を形にできるとしたなら、私はきっと全員愛らしい形になると信じています。目ん玉はくりっとしてるはず。
「人生は大いなる余暇」という言葉がありますが、この有象無象はとても余暇を満喫しているように見えるんです。